太陽の消えた外が青褐色に沈み、
空気の冷たくなったような時間に
私は長い階段を全速力で駆け上がった。
そのあげくに最終電車を乗り過ごし、
呆然と立ちつくした私の前を
ペッタ
ペッタ
ペンギンが通り過ぎて行った。
満ちゆく月の晩に
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私はこれからどうやって
わが家まで帰ればいいのだろう。
そして彼は?
どうやって、どこまで帰るというのだろうか。
ペ
ッ
タ
ペ
ッ
タ
私は前を通り過ぎていくペンギンを
ただただ見送るばかり。
私が全速力で駆け上ってきた階段の降り口で
ペンギンはまぬけ面をした私を振り返った。
家はどこだ?
本当にペンギンがそういったのかわからない。
けれど私にははっきりとそう聞こえたのだ。
「……関町」
気圧されして私が答えると
ペンギンは私に向かって顎をしゃくった。
もしかしてそこは顎でなくて、
すでに嘴だったのかもしれないけれど。
なら、歩いて帰れる。
行くぞ。
くるりと背を向ける姿はとてつもなく男前だ。
細いとも太いとも判然としない首に
巻かれた朱色のネクタイ。
人間がやれば裸ネクタイで
ただのヘンタイだけれど。
ペンギンがやると様になっている。
不思議だ。
私はペンギンを追いかけて階段を降り、
そして駅を後にした。
確かに歩いて帰れない距離ではないけれど
実際こうして歩いて帰るのは
就職してから初めてのことだった。
ペッタ
ペッタ
隣には会社帰りのペンギン、一羽。
ペンギンと隣り合って歩くのも、初めてのことだ。
最終電車に乗り遅れるサラリーマンはいても
ペンギンと隣り合って歩いて帰った経験のある
サラリーマンはそういないだろう。
私達は歩きながら様々なことを話した。
生まれのこと、育ちのこと
勤めている会社のこと
そして今の家庭のこと。
彼も私も妻帯者で、
これまた同じように
夫婦仲はちょっと倦怠期気味。
蜜月に戻りたいとまではいかなくても
もう少し胸の高鳴る昔のような時間が欲しいね
とお互いにぼやきながら
ペ ッ タ
ペ ッ タ
と歩くペンギンの足に合わせて、
私の歩調も自然とゆっくりになった。
空には半月、上弦の月。
隣には半月のような体をしたペンギン、雄。
ペッタ ペッタ
あぁ、何だかこの歩調は胸が温かくなる。
いつもせわしなく歩き回っているか
背をまあるくして根が生えたように座っているか
両極端な生活だから。
ペッタ ペッタ
ペッタ ペッタ
それは星のまたたき
月のささやき
私のまばたき
気がつけばもう自宅の前で
隣を歩いていたはずのペンギンは
どこにもいなくなっていた。
ペンギンと一緒に歩いて帰宅したのだ
と言い張る私に
出迎えた妻は満面の笑顔で口づけた。
めずらしく可愛いことをいうのね。
だって本当なのだ。
むくれる私に、妻の笑みはますます深くなる。
その笑顔を見ていると、
何だかずっとむくれているのも
馬鹿らしくなってしまった。
そして私は本当だったのだと繰り返し
信じているわよ、と笑う妻に口づけた。
帰宅を知らせる、それを迎える
儀礼的な口づけではなくて
ちょっと若い恋人時代に戻ったように
お互いくすぐったそうに笑いながら。
ペッタ ペッタ
ペンギンの足音が聞こえたと思ったけれど
それは寝室の置時計が刻む音だった。
今日は仲良く向かい合って、
妻と共にベッドに横たわる。
彼も今頃、奥さんとこうしているだろうね。
そういって笑った私に、
妻はもう一度優しく口づけた。
ペッタ
ペッタ
ペッタ
あとはもうお互いの心音だけ。